表紙>はじめに>講演内容>質疑応答>反響に対して>資料請求先 【スライド 24/45】 瀬名秀明の著作について、評価をお願いいたします
『パラサイト・イヴ』『BRAIN VALLEY』『八月の博物館』は長編小説、『小説と科学』『「神」に迫るサイエンス』『ミトコンドリアと生きる(*註・太田成男と共著)』はノンフィクション、それから「Gene」「ハル」は短編(*註・アンソロジーに収載)ということで、本になっているものだけを選びました。 『パラサイト・イヴ』は回答してくださった方の76%の方が読んでいる。読んで下さった方の数が興味深いんですが、『BRAIN VALLEY』はやっと55%、『八月の博物館』が30%、『小説と科学』は22%と、やはり発行部数に対応した結果ですね。「ハル」は『2001』(早川書房)というSFアンソロジーの収載作品ですが、SFファンは8人読んで下さっているのに対して、「いいえ」はゼロ、「わからない」で読んでいるのは2人だけです。ただし、SFファンで読んでいる8人のうち4人はプロとしてSFに関わっている方なんですね。『2001』はやはり部数も少なくて、読まれていない感じです。「Gene」を収録している『ゆがんだ闇』(角川ホラー文庫)は、意外なことによく売れていて、だから今回のアンケートでも読んでくださっている方が多いですね。 「面白くなかった、つまらなかった」という方は、やはり少数ですがどのところにもいらっしゃいまして、非常に強い批判を出して下さっています。その文章を読みますと、非常に怒りに駆られている。むしろ単純で個人的な怒りというよりも、なにか義憤に駆られているというか、そういう感じもあります。 このアンケート回答は、おそらくSFファン同士で読み合うのがいちばん有効だと思います。SFファンであっても、評価はひとつではない。たぶんSFファンはひとかたまりという印象を持たれやすいと思うんですが、SFファン自身もその罠に陥ってしまう場合があるような気がします。「SF者」といういい方がそうですね。そういったおかしな状況やイメージを払拭するのに、今回のアンケートは役立つと思います。 アンケートのご回答の中から、印象深かったものを紹介しましょう。 まずは作家の山之口洋さん(Serial:5)。ファンタジーノベル大賞を獲られた方です。僕が科学を小説で扱っていることに対して、非常に本質を衝いたことを書かれています。 「「文学で科学する」(でしたっけ)という瀬名さんの方向性には、「なぜ小説でならないか」と言う問題が横たわっているように思います。たとえば『BRAIN VALLEY』で扱われた脳科学は、啓蒙的な科学書の面白さに対抗するのがとても難しい分野であると思うのです。たとえばデネットとか、もっと初心者向けなら立花隆とか…。たぶん、SF全般に内在する問題なのでしょうが、瀬名さんの場合、科学的に見てリアリティのない領域に逃げられる方ではないと思いますので、このことについてどんなお考えをお持ちなのか、興味をもちました」こちらはSFファンの方ですが(Serial:22)、やはり同様のことをおっしゃっています。 「取材に基づいた事実とそこから飛躍される設定・展開の繋ぎに関しては、ここ最近の作家の中では一番手際が巧いと思う。ただ、どうしても事実の描写の方が迫真性があるだけに、もっと飛躍した物語を読んでみたいと思う」科学を一所懸命書けば書くほどSFないしは物語的な飛躍から遠ざかっていってしまう、このジレンマをどうするのかという投げかけだと思いますね。これは僕も『BRAIN VALLEY』の頃からずっと考えていることなんですが、未だにこれだという回答が見つからない。それで新作ごとにいろいろチャレンジをしている段階で、まだ「こうした方がいい」という感覚には辿り着いていないんです。 この方は「手際が巧いと思う」と誉めてくださっていますが、もちろん全然逆のことをおっしゃる方も何人かいます。科学の部分とそうじゃない部分の乖離が激しいということですね。 実をいうと、昔はこの感覚がよくわからなかったんです。いや、そんなことはない、僕の心の中では全部シームレスになっているよ、と思っていたんですが、最近わかりました。『ミミック』という映画をご存知でしょうか? ゴキブリのお化けが襲ってくるホラー映画です(笑)。ミミックというのは擬態するという意味で、ゴキブリがまるで人間のような姿になって襲ってくるわけですね。物語の途中までは、そのゴキブリのお化けが人間なのか何なのかよくわからないで、ずーっとサスペンスが盛り上がっていく。それでついに、地下鉄の構内で主人公の女の人がその相手と対峙するわけです。そこでゴキブリのお化けがバッと羽根を広げて飛んでくるわけですね。それでその主人公をかっさらって地下に連れていく。僕はアメリカの映画館で見たんですが、この場面で客席から失笑が起こったんですよ。それで僕はそのとき、「なるほど、これが前半と後半が乖離していることなのか」とわかった。「皆が思っていたのはこれなんだな」と(笑)。 ただ、『ミミック』という映画はいろいろ問題があるにせよ、僕の大好きな映画でして、ホラー映画としてはよく出来ていると思うんですね。あの失笑されるところすらも、何というか、ホラーなんですよね。だからSFとして『パラサイト・イヴ』を読まれた方は、そこの失笑感というのがあるんだと思うんですが、僕は『ミミック』をホラーとして見た場合、あの場面転換というか設定転換もホラーの一部だと思うので、そこはちょっと感覚が違うところかな?という気がしました。 【*註】「シームレス」に関しては合宿企画でも話題になった。「講演後の反響に対して」参照。 それから、こちらは匿名(Serial:2)ですが、『パラサイト・イヴ』を読んだときに非常に怒りに駆られたという女性のSFファンの方です。これはちゃんと答えたほうがいいかな。読み上げます。 「私は『パラサイト・イヴ』しか読んでおりません。残念ですが、『パラサイト・イヴ』を読んだときと同じ思いをするかもしれないと思うと、以後の貴作品は読む気になれませんでした。もう随分前のことになりますし、現在手元に本がありませんので、あの時の気持ちを正確にお伝えできるかどうかわかりませんが、『パラサイト・イヴ』に関して少し書かせていただきます。 菊池誠さんというのは物理学の研究者で、同時にSF評論家の方です。 そうですね、こういう思いはわかりますが、やはり最初の段階で何かディスコミュニケーションがあるような気がします。まず、『パラサイト・イヴ』は一度として版元も僕もSFとして売った記憶はありません。常にホラー小説、でなければモダンホラー小説だと僕らはいってきたわけで、帯にもホラー小説と謳っている。SFとして宣伝したことは一度もないんです。「SFとして宣伝されれば、あれはSFではない、と騒ぎたくなるのも無理はない」とおっしゃるのですが、どこか別のところでそういう評価を見たんでしょうね。「SFマガジン」とか、そういうところで「これはSFである」と評価されたのをご覧になってのことなのかもしれません。この方は、怒りの矛先を決めかねているように思えます。『パラサイト・イヴ』をSFだと評価した人たちに向けて怒りたいのか、作者である僕に怒りたいのか、あるいは『パラサイト・イヴ』をSFだと思っているらしい世の中が無念で悔しいのか。たぶん、その全部がない交ぜになった感覚なんでしょう。ただ、作家や出版社側からすると、書評をコントロールすることはまず不可能です。そこまでこちらのほうでコントロールしなければいけないのだとしたら、正直いってしんどいなという気はします。 利己的遺伝子についてですが、『パラサイト・イヴ』は利己的遺伝子仮説をベースにした小説ではありません。最後のほうにちょこっと出てくるだけですよね。確かに当時の書評では、「利己的遺伝子をベースにした」とかなり書かれまして、そのイメージが残っていらっしゃるのかもしれません。「いまとなっても解説等で何の説明もないあのような取り上げ方はどうかと思います」とおっしゃっていますが、利己的遺伝子についてはインタビューで聞かれたときははっきりと説明していますし、それにミトコンドリア全般に関してはフォローとして『ミトコンドリアと生きる』という本も出しています。ただ、この方は『パラサイト・イヴ』で非常に失望感を得られたということで、次から僕の本は読んでいないわけです。読む気にもなれないんでしょうね。そのお気持ちはお察しします。けれども、うーん、なかなか僕の戦略は難しいものがあるなと考えさせられました。『パラサイト・イヴ』の後で『ミトコンドリアと生きる』というフォローの本を出しても、『パラサイト・イヴ』を誤解したまま怒っている方はそもそも手に取ることもない。だから誤解は解消されない。僕がやっていることはまったく無意味なのではないか……と、いろいろ考えさせられたご指摘ではありました。 本当に僕がディスコミュニケーションを解消したいのは、こういうSFファンの方なんです。なんとかして話し合いができるところまで持っていきたい。それなのに、誰のせいでもない絶望的な理由で、もはや永遠に関係修復ができない。こればかりは本当にやり切れないです。 あと「なんで瀬名さんはSF観について今回のようにこだわっているんでしょうか?」という質問がありました。「SFを無視すれば楽なんじゃないの?」ということなんですが、これは先ほどいいましたように小学校、中学校、高校時代にやはりSFで楽しませてもらったというイメージがありまして、ですからやはり、うーん、何ていうんでしょうか、自分では書いているものをSFと思っていないんですが、SFファンからの評価や反響はすごく気になるといいますか、すごく大事にしたいものなのですね。だからSFファンの読者を切り捨てていくのは、いまのところ僕にはできないんです。 SFは売れていないという言説について。Serial:25の方は、「インターネットを始めて数年経ち、いくらかSFに関係するサイトを読むまで、「SFが売れない」「冬の時代」と言われていること自体を知りませんでした」と書かれています。僕自身もそうでした。むしろ、SFはいつも本屋に専門の棚があって、ホラーファンからするとずいぶん羨ましいと感じたものです。 僕の科学ノンフィクションについて、評論家・翻訳家の大森望さん(Serial:43)から示唆的なご意見。「啓蒙書としては読みやすく良質だと思うけど、瀬名秀明的な個性がちょっと見えにくい」……鋭いです。ここは僕も何とかしなければと思っているところです。 僕の科学関係の執筆活動について、Serial:49の方からのご指摘。「『マッカンドルー航宙記』を思い出させる発言が多く、根っこのところでSFな方なのだと思います。共感できます」……この本は読んだことがなかったのですが、さっそく読んでみようと思っています。 SFをもっと活性化させ、売るためにはどうするか、という設問に対して、Serial:72の方からのご意見。「子ども向けのシリーズを復活させたい。図書館に昔の本はあるが、新しいもので読ませたい」……賛成です。 講談社の「痛快 世界の冒険文学」シリーズは画期的な出版だったと思います。昔のスタンダードをいまのエンターテインメント作家がリライトして子供に読ませる。眉村卓さんの『タイムマシン』は傑作でした。こういう企画なら僕もぜひ参加したいですし、ジュブナイルの新作シリーズなどがあったら参戦してみたい。 もうひとつ、SFのイメージについて。評論家の牧眞司さん(Serial:24)は「おもしろくて、知的で、provocative(*註:挑発的な、そそる、の意)な物語」とおっしゃっています。なるほど、これなら僕も読みたいです! |
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